三団体声明 100812


2010年8月12日| 声明・航空三団体

声明

日本航空123便事故から25年を迎えて


 単独機としては史上最大の犠牲者を出した1985年8月12日の日本航空123便事故から25年を迎えます。この機に、航空産別三団体は、改めてこの事故に関して見解を発表するものです。

 見解に先立ち、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害にあわれた方々、ご遺族に心よりお見舞いを申し上げます。
事故現場となった御巣鷹の尾根からは、事故に遭われた方々の無念さをあらわすように、25年たった今も事故機の残骸が発見されます。生い茂った木々が悲惨な現場を覆い隠すようになっても、現場に立ついくつもの墓標は、私たちにこの事故の意味を語りかけてきます。

疑問の残る事故調査について】


「日本航空123便事故調査報告書」は、運輸省事故調査委員会が1987年6月に発表しました。それによれば、ボーイング社による過去の修理ミスが、後部圧力隔壁に亀裂そして遂には破壊を生じさせ、客室内の大量の空気が瞬時にして垂直尾翼内に流れ込んだ結果、垂直尾翼をも破壊。その際に全ての油圧系統を破損したことによる操縦不能が、事故の原因としました。しかし、この「報告書」にはいくつもの矛盾点が存在します。生存者の証言や後年になって入手したボイスレコーダからは、「報告書」が推定した“急減圧”が発生したとは考えられない状況が再現されています。すなわち、事故機のみの個別的状況を原因とし、同型機に影響の及ばないようにするものでした。

こうした矛盾点から、私たちは、「報告書」発表当時から、再調査を求めていますが、未だに行われていません。再調査によって、事故の真実が明らかにされるばかりでなく、事故に至った背景が浮き彫りになり、事故の再発防止に寄与すると考えられます。また、当時の事故調査技術では解明できなかったことも、25年経った今では調査することが可能になった分野もあると考えます。

 さらに「報告書」は、この事故に関しての救急救難体制について、十分な言及を避けています。後年、救難体制についての重大な証言が明らかにされ、事故現場の発見状況などいくつもの疑問が生じています。もっと迅速に事故現場が特定されていれば、生存者の数は確実に増えていたはずだという意見もあります。この点についても、十分な再調査がなされるべきであると考えます。

【語り継ぐべき事故として】


 当時、私たち航空の現場で働く者は、この悲惨な事故を目の当たりにして、二度と事故を起こしてはならないという思いを強くしました。
この事故を直接体験した世代は、事故について、また事故を通じて何を感じたかを、あらゆる機会に語り伝えていく必要があります。一方では、こういった安全に関する“教訓”を、事故を直接体験していない世代が求めているという事実も、航空の現場にはあります。こうした現場での安全に対する緊張感は、私たちの活動を通じて今後も培っていかなければならないものであると考えます。

 25年経った航空の現状は、様々な面で厳しい環境下にありますが、安心して利用できる航空機の運航環境を整備することは絶対的な条件であり、ここに一切の妥協は許されません。そのために、国をはじめとする行政機関や航空会社に対して環境整備を求めるとともに、社会一般に対して、航空の安全に関する理解が深まるよう活動を続けていきます。


航空安全推進連絡会議


航空労組連絡会



日本乗員組合連絡会議
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