phoenix289号 PDF289


■主な記事から■
▼14年末闘争、生活改善につながる一時金、職場改善求め交渉本格化
▼アリタリア航空で雇止め。「納得できない」労働審判に申し立て
▼控訴して闘います。JAL子会社つぶし日東整不当解雇撤回裁判原告
▼JAL解雇原告・白井さん、アルバイトしながらオルグに奔走
▼シリーズ 客乗の今  休日の固定化が急務
▼航空安全会議、雨の中の御巣鷹山慰霊登山


 労働者の労働条件。とりわけこの10年間の変化は新規グラハン会社の参入や企業再編、非正規社員の拡大など、かつてない激変に直面しています。グラハン労働者の現状と課題を2回にわたり報告します。 

 日本航空技術協会の冊子は、「航空機の安全運航を第一に、定時性、快適性など運航の基本要件を満たすために、グランドハンドリングには質の高い作業」が要求されることを強調しています。「航空機が到着してから出発するまでの間には、航空機の誘導やステップ・ボーディングブリッジ装着離脱、貨物・手荷物の搭降載や受け渡し、機内清掃をはじめさまざまな地上準備作業が行われますが、こうした作業が安全且つ迅速に行われることが求められ、この業務なしに航空機の運航は考えられない」はグラハン労働者の共通認識です。しかし、運航に欠かせない業務を担うグラハン労働者に、労働条件低下が押し付けられてきました。
 伊丹空港のJAL系グラハン会社JGS大阪。Aさんは勤続10年でようやく時給単価が1000円を超えたと話します。Aさんは牛丼店のアルバイト募集の時給、千数百円を見てガッカリしたと嘆いています。 

JGSグループ各社は2006年の企業再編で誕生しました。その際、賃金は大幅に引き下げられました。東京都の最低時給は今年10月から888円(13年10月は869円)に引き上げられましたが、その結果、JGS東京(羽田空港)の18歳基本賃金は、時給換算で最低賃金を17円下回ることになりました(航空連グラハン連調べ)。JALグループは再建策の一つとして、一次下請には10%の賃金カットを、二次下請には3%の賃金カットを強行しました。日本航空が毎年莫大な利益を上げるなか、「カット分を引き上げろ。基本賃金を引き上げろ」は共通の声になっています。
 航空業界では、政府の労働時間短縮方針に逆行する施策も進められてきました。
 グラハン業界で最も時間短縮が進んでいた全日空グループのグラハン会社では、伊丹空港グラハン会社(当時OAS)が2005年に年間労働時間1839時間を2000時間に延長し、2006年には羽田空港グラハン会社(当時IAU)が年間労働時間1839・5時間を2003時間に延長しました。その後、全日空は2006年8月に羽田空港に新たなグラハン会社「ANAグランドサービス(ANAGS)」を設立し、IAUの労働条件に引き下げ圧力をかけました。IAUは翌年「中期経営計画」を打ち出し、10億円の経費削減を図るとして分社化したANAグランドサービス千歳(AGC)への転籍、賃金制度見直しなどを打ち出しました。2011年10月にはIAUとANAGSが経営統合して「AAH」が誕生しますが、労働者には新たな人事賃金制度・退職金制度が導入されました。そして2014年10月、一空港一運営会社の最終形として、羽田空港のグラハン会社を一つに統合し約2700名規模の会社が誕生しました。ここでも新たな人事賃金・退職金制度が導入されました。あるベテラン社員は「統合するたびに賃金が下げられた。統合の歴史は賃金引き下げの歴史だ」と指摘します。

 中部空港開港以降、新規グラハン会社の設立が相次ぎましたが、そこで働く労働者の雇用形態は契約社員、派遣、パート、アルバイトと複雑です。新規グラハン会社は海外エアラインや格安航空会社が相手になることから、安定的に業務を確保できるかの保障はありません。こうしたことから企業にとって都合の良い採用になっていきます。


 JAL破綻は、JALグループで働く経験豊富なグラハン労働者の流失を招きました。JALグループを早期退職した労働者を契約社員として採用したあるグラハン会社は、賃金の上限を25万円と決めています。年収300万円です。
 「全日空系の二次下請労働者の基本賃金は9万円そこそそだった。手当を加えてようやく18万円だった。運航会社は利益目標を掲げコスト削減を進めることが、下請労働者には賃金引き下げになって跳ね返ってくる。こんな状態が続けば、グラハンはブラック化と言われかねない。将来的なパイロットや整備士不足が国交省の政策課題になっているが、グラハン労働者も同じだ。グラハンの軽視は企業のリスクになる。低賃金で休憩も与えないで、良い仕事ができるわけがない。労働条件を引き上げて、良質なグラハン労働者を確保することは経営にとっても喫緊の課題だ」(グラハン連事務局)
 国際運輸労連(ITF)は、「世界中のグランドハンドリング労働者は使用者からの雇用、賃金、手当及び年金に対する10年の長きにわたる攻撃の矢面にたってきています。賃金の低下、悪化する労働条件はすでに耐え難いところまできています。今日、多くの豊かな先進国も含め世界中で貧困国レベルの賃金になる傾向にあります」と現状を分析し、11月13・14日のロンドンのITFハウスでグランドスタッフ委員会を開催します。グラハン労働者の貧困化は、解決しなければならない世界的な課題になっています。

〈つづく〉

劣化するグランドハンドリング 下

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 10月末にはJAL・ANAの中間決算が発表される予定です。第一四半期決算や好調な夏の輸送実績から、好決算が予想されます。一方、労働環境や労働条件の改善は足踏み状態にあります。置き去り感を払拭する積極的な取り組みが求められます。

 一時金をめぐる交渉はJALグループの各労組が中心になります。一時金は「3カ月+5万円」の要求を掲げ生活改善を求めます。年末年始手当の引き上げや安全問題、職場環境の改善、春闘からの継続的につづけられている諸問題の解決にむけた重要な交渉になります。
 日本航空の第一四半期決算は、引き続き増収減益と厳しさを強調ししつ営業利益計画を80億円上回っていました。JALグループの一時金原資は1カ月分で100億円と言われており、好調だった夏の実績を考えれば労働組合の要求に十分応えられます。
 JGS札幌の冬期手当要求も注目されます。2011年冬の冬季燃料手当(月約2万円)廃止が強行され4回目の冬を迎えようとしています。JGS経営自身も「懸案課題」と認めており、先延ばしは許されません。
 日本航空では部門別採算性によって、経費の締め付けが強まっています。整備部門では人員不足や設備の老朽化が指摘されており、整備する時間がない∞人がいない∞予備部品がない≠フ「3無い」状態にあります。加えて年休もとれないと不満が広がっています。
 客室乗務員の「休憩がとれない」「年休がとれない」も大きな問題になっています。CCU(日航キャビン・クルー・ユニオン)によると、「年休がほとんど取れてない。一度とれた年休も、勝手に休日に変更されたりする」実態が報告さています。労基署相談で担当官は「(年休は)会社が承認するという性格のものではない…会社は認識が希薄すぎる。法の趣旨に反している」と話しました。

 ANAグループでは、運航乗務員の勤務問題が重要テーマになっています。全日空乗組とANAは10月初旬に勤務に関し合意しましたが、AGPU(全日空グループ乗員組合、エアニッポン乗組など)とは賃金問題など解決すべき課題があり、年末での重点課題になります。

 全日空では総合職の人事賃金制度改定が新たに提案され、15年度導入に向け労使協議が進められます。

 外航では、賃上げ交渉の長期化のなかで粘り強い交渉が続けられています。また、日本路線の見直しや運休が相次ぐなかで雇用問題も起きていますが、エミレーツ航空のように、新人採用する一方で解雇する明らかな不当労働行為も起きています。経営側の動向に注視が必要です。

 労働条件は安全を支える基盤です。職場の安全、働く者のモチベーションを引き上げるためにも、労働条件引き上げに向けた年末闘争となります。

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 アリタリア航空(AZ)では約60名の日本人客室乗務員が乗務しています。契約上は機内通訳ですが、イタリア人と同じサービスを編成内で行っています。半数以上が「1年契約5年まで」の有期雇用のところ、昨年12月に10名の契約制乗務員が5年契約満了前にJCCに加入し、「1年契約をさらに5年まで」延長させました。
 ところがその後組合員2名に、冬ダイヤ減便により来年1月12日で契約を打ち切ると通告してきました。理由は「懲戒処分を受けたことによる低評価のため」。懲戒処分といっても、1名は「フライト後、空港内で制服を着替えた際ジャケットを忘れた(1回のみ)」。もう1名は「遅刻し乗務に間に合わなかった(1回のみ)」というものです。IDを忘れた人や同様な事例の人もいるなかで雇い止めは納得できないとして、2名は労働審判に申し立てる決意です。
 これまでも、AZ日本支社の懲戒処分や評価は公平性・客観性に欠き、一方的との不満が出されていました。今回の雇い止めも、組合に加入し契約を延長させたことへの報復との見方が大半です。

 そもそも減便となった場合は解雇を回避するべく、ワークシェアや一時帰休・希望退職などの措置が採られるのが普通です。また、契約書には月間乗務時間は75時間までとなっていますが、実際は毎月80時間以上乗務しています。減便は理由になりません。

 AZ日本支社では今年7月に、正社員客室乗務員が解雇される事態が起きました。乗客からのクレームやイタリア人チーフからのクレームを理由とする懲戒処分でした。しかし前者は、乗客から「具合が悪く3席続きで空いている席に移動したい」との要望が出されたがすぐ対応してもらえなかったというものです。まだドアが開いている状態で、しかも担当クラスも違うなかでは、すぐには席を移動させることはできない状況でした。後者は「業務指示に従わず他のクラスに手伝いに行った」などの理由ですが、本人はパーサーからの指示で行ったのであり、チーフの誤解や思い込みでのクレームでした。他にもいろいろと挙げられましたが日本支社は本人の言い分に聞く耳を持たず、乗務停止と賃金カットのあげく解雇を強行してきました。当該者は、懲戒処分や解雇は納得できないとして、労働審判に申し立てをしました。

 第1回審判は11月21日10時、東京地裁。「多くの傍聴をお願いします」と訴えています。

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 「スケジュール変更はやむを得ないとしても休日は特定してほしい」。JALで働く多くの客室乗務員(CA)の願いです。 

 日本航空のCAは毎月23日に翌月のスケジュールが示されます。どの便に乗務するのか、何時間乗務するのか、休日がいつなのかはそこで知らされます。ところがスケジュールにスタンバイ(自宅待機)が組み込まれ、その日にフライトが入ると、そこから以後のスケジュールは変わっていきます。稼働人員に余裕がなくなると自転車操業に陥り、それに伴って休日もどんどん変化していきます。最初に示された勤務が全て変わってしまうこともあります。全日空では休日が固定されており、休日から休日の間のスケジュール変更があるだけです。

 年休を取りたくても、稼働人員がひっ迫すると取ることがではません。「運動会や授業参観に行けず子どもに悲しい思いをさせる」とママさんCAから悲鳴が上がっています。「『今回はごめんね。パパも一緒にお休みできる日にお出かけしようね』と約束しても、また勤務が変わりその約束も果たせない。家族につらい思いをさせていて、このままでは退職も考えざるを得ない」と話します。この数年JALは、ギリギリの余裕のない人員計画を立て、最大限に稼働を上げることを追求しています。年間乗務時間も2010年と比較すると約120時間増えています。数字的には1・7カ月分多く乗務している計算になります。
 稼働を上げるやり方はいくつかあります。国内線と国際線をつないで乗務させる方法や、国際線日帰りと国際線1泊3日を連続させるのもそのひとつです。「連勤」と呼ばれるこの手法は勤務後の休日を1日セーブできるため、会社は重宝します。
 早朝成田に出社。成田―上海―関空の乗務後関空で1泊。翌日から関空―ホノルル―関空―羽田。1泊3日の勤務で帰宅は深夜(表参照)。本来は国際線日帰りに1日の休日、ホノルル線乗務では2日の休日がありますが、このパターンでは2日の休日ですみます。このようなパターンや往復20時間を超える長大路線を乗務すると月間乗務時間は90時間を超え、心身の疲労は大変なものになります。
 あるベテランCAは「働かせ方が稼働一辺倒では人は壊れてしまう。社会とのかかわりを基準に、延長した乗務時間制限を元に戻すなり、休日の固定化が必要」と強調します。

▼A子さんの3泊4日勤務▼(都内在住)

1日目 

04時   起床

04時55分 電車で成田に向かう

08時05分 成田空港に到着

09時40分 成田空港出発

13時   上海空港に到着

  ※乗務時間3時間20分

14時25分 上海空港出発

16時40分 関空空港に到着

 ※乗務時間2時間15分

18時20分 ホテルチェックイン


2日目 20時30分 ホテルチェックアウ

    22時10分 関西空港出発

3日目 

06時15分 ホノルル空港に到着

※乗務時間8時間5分

   08時30分 ホテルチェックイン


4日目 

07時30分 ホテルチェックアウト

09時30分 ホノルル空港出発

18時30分 関西空港に到着

※乗務時間8時間50分

21時30分 関西空港出発

22時30分 羽田空港に到着

23時30分 業務終了

 ※乗務時間合計22時間30分

24時30分 電車で帰宅

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 JAL不当解雇撤回裁判の客乗原告の一人白井佳代子さん。白井さんがオルグを担当するエリアは神奈川県です。この日は相模労連の労組訪問に同行し支援の訴えです。

 某日朝10時、小雨。JR横浜線淵野辺駅南口で相模労連の山下事務局長、二本柳事務局次長らと待ち合わせ。この日の訪問予定は8労組で午前中に近場の3労組を回り、お昼過ぎには1人で組合の旗を守る労組を訪問しました。用意された弁当を一緒に食べながらの署名の訴えに、快く応じてくれました。午後に訪問した神奈川土建一般労組相模原支部事務所の壁には、組合加入を知らせる用紙がいっぱい張ってありました。
 白井さんは年齢制限で不当解雇されました。当時所属していた組合はJAL労働組合(JALFIO)。2010年9月29・30日に成田―マニラ―成田を乗務し帰国。その後は、再び乗務することなく不当解雇されました。10月1日から解雇までの間、2度の面接とマネジャーから数回の電話で希望退職を迫られました。

 「私は飛行機が好きで客室乗務員になりました。好きな仕事を続けるために家庭の事も一生懸命してきたので、解雇には納得できませんでした。裁判に訴えるつもりでネットで情報収集もしていました。解雇後先輩から、『キャビンクルーユニオン(CCU)は裁判準備をしているから一緒にやらない』と誘われました。同じような活動ができるか迷いましたが、CCUに加入し今頑張っています。支援の訴えも初めはドキドキしながら訴えました」

 白井さんはお蕎麦屋さんでアルバイトをしながら、オルグ活動に奔走しています。「ラストフライトもなく中途半端で終わったままなんです。ちゃんと納得する形でフライトを終えたい」と話します。

 様々な人々との出会いや体験は白井さんを一回りも二回りも大きく成長させました。「世の中って親身になって応援してくれる人がいるんですね」。そして力強く「不正義を許しちゃダメ」。
 原告団にはフェニックス合唱団があり、「あの空に帰ろう」という支援の歌は日本全国で歌われています。フェニックス合唱団は大田区にある東京南部合唱団の指導を受けながら練習をかさねています。また「うたごえ」は毎年全国大会を開催しており、今年は11月に宮城県に決まりました。まだまだ復興がつづく東北の地に、全国のうたごえの仲間が集い、励まし、支え合おうというのがこの祭典の目的です。
 フェニックス合唱団は、東京都内で行われた予選会に出場し、みごと全国大会出場のチケットを手にしました。まだまだ練習をしなければなりませんが、歌が原告団を勇気づけてくれ、支援の輪が全国に広がっていくことで一日も早い解決につながるものと信じています。

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 JALの子会社つぶしによる日東整不当解雇撤回を求める原告2名は10月3日、東京地裁の不当判決を覆し不当解雇撤回を求めて東京高裁に控訴しました。東京地裁判決は、日東整労組を嫌悪し、日東整をJAL整備グループの統廃合計画から排除したいきさつが書かれた社内文書を認めているにもかかわらず、不当労働行為を認めず不当判決を下しました。今後は東京高裁に舞台を移し裁判が行われることになります。
 この裁判は、日本航空の再建の過程で、2011年3月にJALグループで唯一会社ごとつぶされ全員解雇された日東航空整備の労働者が解雇撤回とJALグループへの職場復帰を求めているものです。東京地裁では大西賢日航会長や、労働組合役員など8名の証人尋問が行われ、日東整がJALの航空機整備の一翼を担ってきたこと、支配従属の関係にあったことを明らかにしました。
 控訴した原告の泉聖二さんは「間近に社会に出る娘と息子のために、そして将来、妻と安心して暮らして行くために何としても不当解雇撤回を勝ち取らなければならない」と語り、佐藤二郎さんは「航空業界の親会社が子会社を支配している関係を裁判所が認めるまで頑張ります」と決意を語ります。

 原告らは、裁判を進めて行く上で航空の職場の実態について社会的に訴えて行く必要性を強く感じております。特に航空機整備の職場では、疲労が溜まる深夜勤務や長時間の連続勤務の結果、整備ミスやトラブルが多発している問題、更に整備士制度の水準を引き下げる国の動きなどは、航空の安全を守る上で見過ごせない問題であります。

 裁判勝利に向けて、新たに東京高裁宛の署名の取り組みを行なっておりますので、更なる日東整争議への支援と共に宜しくお願いします。

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 10月23日、航空安全会議の御巣鷹慰霊登山が29名の参加で開催されました。羽田と池袋から出発したバスは関越自動車道三芳パーキングエリアで合流し群馬県上野村へ。10月に二つの台風が来襲しましたが登山道に被害はありませんでした。
 23日は朝から生憎の雨模様でしたが、進みゆく紅葉のなか御巣鷹の尾根をめざしました。普段は参加者全員で登山道や尾根の保守、整備に使用するセメントや鉄パイプなどを運び上げたり、清掃活動を自主的に行なっていますが、悪天候のため、資材を駐車場付近まで下ろす作業のみを行ないました。
 「昇魂之碑」前で黙祷と献花の後、芦澤副議長がジャンボジェットの模型とボイスレコーダーに録音されたテープを使い事故の概要と問題点を説明しました。現地の管理をされている黒沢さんのお話も併せて聞くことができました。
 事故機がほぼ裏返し状態で墜落したこと、それにより胴体が半分に折れて機体後方半分が木々をなぎ倒しながらスゲの沢まで山の斜面を滑落したこと、その後部胴体から4名の生存者が発見されたことを知りました。事故2年後に公表された事故調査報告書にある推定事故原因には多くの疑問があることも知りました。

 墜落直前、事故機が右翼端を最初に接触させた「1本カラマツ」は霧で確認できませんでしたが、2度目に接触した「U字溝」は霧の隙間から確認できました。スゲの沢では後部胴体が山頂から滑落した経路を確認するとともに、捜索救難がもっと早く行なわれていたならばさらに多くの生存者を救出できた可能性が高いことも知りました。
 来年で事故から30年となります。航空の職場でもこの事故を直接知らない人が年々増えています。事故後29年を経た今でも当時の状況を色濃く残す御巣鷹の尾根は、事故の悲惨さと安全の大切さを伝える地としてその重要性を増しています。

 御巣鷹の尾根はまもなく、雪の下で静かな眠りにつきます。

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学習会のご案内

主催 航空連&9jyo−Sora

集団的自衛権と航空労働者(仮題)

い つ 12月5日(金)18:30〜

どこで フェニックスビル会議室

     京急羽田線「穴守稲荷駅」下車徒歩5分

講 師 平山誠一さん(海員組合元中央執行委員)


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